近世以降の弾圧を乗り越えて復活

中国の伝承医学、ここでいう東洋医学とインドの伝承医学、アーュル・ヴェーダは、ともに古代
中国の深い英知に基づいているといわれていますが、中国・インドの両国には、これらの優れた医
学に関する不幸な歴史がありました。
 近世になって客観性を持つ科学的な西洋医学が中国・インド両国にもたらされたとき、これらの
国民はたいへんなショックを受けました。解剖学がはじめて導入されたことによって、経絡が血
管・神経などのように目に見えて存在していないという事実を突きつけられてしまったのです。
 
今でこそ気や経絡、経穴の存在は認知されるようになりましたが、当時は目に見えないというだ
けで、存在そのものを否定されてしまいました。そして両国では、古代から伝えられてきた重要な
医学の文献を焼いてしまったり、自国の伝承医学を排除する運動が展開されました。
 
もちろんこうした「自発的」な排斥運動だけではありません。インドを植民地支配したイギリス
が徹底的に伝承医学を「非科学的な悪しき習慣」だとして追放するなど、力によって無理やり奪わ
れた側面があるのも事実です。
 
また、1920年代の中国では、東洋医学は「時代遅れで迷信的」という理由で、国民党政府に
よって禁止されました。そして1950年代には5億の民にわずか3万8千人の西洋医しかいない
という悲惨な状況を迎えたのです。
 
このような危機的な事態になるにおよんで、中国を支配した毛沢東が東洋医学の地位を公式に復
活させ、東西両医学が互いを触発しながら発展させるよう導き、事態は好転しました。現在の中国
では、東洋医学(中国では中医学と呼んでいます)は依然大衆の人気を失わず、世界中の医学者た
ちからの注目もあいまって、新たな活気をおびてきています。

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